ときめきにゃんこパラダイス


「恵知ってる?猫カフェっていうのがあるんだよ。」

 


突然、五条先生がタブレットの画面をこちらに向けてきた。


任務を確認していたんじゃなかったのか。

 

少し呆れつつ、言われた言葉に答える。

 


「猫...カフェ?」

 


タブレットには、ファンシーな言葉とたくさんの猫が映っていた。

 

 

「入場料金を払うと、そこで飼われている猫と触れ合えるみたい。」

 


「みたいって...。先生は行ったことないんですか?」

 


「ない!恵が良いなら行きたいなぁと思ったんだよね。」

 

 

俺が良いならといいつつ、それは違うだろうと考える。


五条先生ひとりなら、興味がないはずで。

 

きっと動物が好きな自分のために情報を探してきてくれたのだろう。

 

 


「.........行ってみたいです。」

 

「よーしっ!デートだね。」

 


わーい!と両手を上げて喜ぶ五条先生に、いたたまれなくなった。

 

 

 


五条先生が受付をしていれるのを待ちつつ、店内を見渡す。

 

 

すでに数組のお客さんが、猫と戯れている。

 

その他にも、猫用のタワーのようなもので遊んでいる猫、丸まって眠っている猫。

 


どこを見ても、猫。

 

 

猫といえば本やテレビで見たり、たまに野良猫を見かける程度の伏黒にとっては

圧巻の室内だった。

 

 

「恵、はいこれ。猫のおやつと猫じゃらし。」

 

 

 

 

 

「可愛いですね...。」

 

手からじかにおやつを食べる猫に感動する。

 

 

「ほんと、可愛いねー。」

 


ふと顔を上げると、優しい瞳と目が合う。

 


...目が合う?

 


「五条先生、猫見てます?」

 


「うん。ちゃーんと見てるよー。カワイイ、カワイイ。」

 


それにしては、視線を感じたのだが...と思いつつも、また近づいてきた違う毛色の猫の

愛らしさに夢中になる。

 


「本当、可愛い。」

 

優しい声が響く。

 

触れるぬくもりとは別に、心が熱くなった。

 

 

 


「今日はありがとうございました。」

 

猫との触れ合いに満足をしたのか、少し頬を赤らめつつぽそぽそと感想を言う。

 

そんな恵が可愛らしい。

 

最近任務続きで、少し疲れた顔をしていたから


リフレッシュができたようでなによりだった。

 

初めは猫に興味はなかったが、恵が猫と戯れているのは可愛いと思えたし、


時間がきて名残惜し気に猫の頭をそっとなでる姿に、


またすぐにでも連れてこようと思った。

 


「猫、可愛かったねー。」

 

「はい。たくさんの猫がいてすごかったです。」

 

力強く返事をする恵が可愛い。

 

 


「でも、」

 

恵は僕の髪の毛や目を見ると、ぽつりとつぶやいた。

 

 

「白いふさふさの大きな猫が、五条先生に似ていて一番かわいかったです。」

 

 

 


ノックアウト!

これは愛だ

俺にとって必要な手を、目の前の男が優しく触れる。


危機感はない。


この人が俺の手を害することなどありえない。

 


「恵の手は大切だからね」


指を一本一本確認するように、大きなあたたかい指で触れられる。


それを黙って見ていると、突然焦ったように、

 

「もちろん、全身全部髪の毛一本も大切だよ!!」

 

大声で叫ぶのでびっくりした。

 

「そんなこと聞いてないです」

 

髪の毛一本...ちょっと...と思いつつ、またやわらかく俺の指を触り始めた


五条先生の好きにさせる。

 

 

俺の手を大きな手で優しく撫でるように、いたわるように触れる。

 


「そんな恵の手に触れられるなんて幸せ!」

 

「そんなもんですか」

 

確かに無防備に触らせるなんて、あまりない。


俺にとっての手は、存在意義と同じだから。

 


五条先生は一通り俺の指を触った後、指の間に自分の指を差し込んで


ぎゅっと握った。

 


「恵も、僕の手をぎゅってしてみて。」

 

幸せそうな顔で言われて、その通りにする。


絡めあう指。

 

なんだかこれは。

 

「えへへ、恋人繋ぎ~。」

 

そういう名前なのかと、しみじみと絡めあうお互いの指をみながら。

 

思ったことを口にする。

 


「俺、恋人繋ぎって何か恥ずかしいです。指で抱きしめられているみたいで。」

 


そう口にすると、五条先生はぽかんとした顔をした後、ばっと手を外した。

 


あっ、残念。

 


「うわーっ!!!」

 

俺の手をがばっと放した五条先生はその大きな掌で自らの顔を押さえる。


突然叫ぶなと思いつつも、


耳まで真っ赤な五条先生の顔は面白い。

 

でも、今まで触れていたぬくもりが無くなって寂しい。

 

 

五条先生の熱が無くなった自分の手を見てつぶやく。

 


「...寂しいです。」

 


すると五条先生は、ふるふると震えた後抱きついてきた。

 

いや、手が寂しいのであってと思いつつも抱きしめられるのは嫌ではない。

 


「くうっ!甘えたちゃんめ!!他のやつにしたら、めっだよ!」

 

「あんた以外ありえないし。」

 


めって、子供かよと呆れつつ大きな背中に俺も手をまわす。

 


大きな背中過ぎて、腕をまわしきれないのが悔しいと思いつつ。

 


「もうそんな恵ちゃんには抱きしめの刑です!!」

 

ぎゅうぎゅうと抱きつかれる。

 

 

何だかおかしくなって、笑い声が出てしまった。

 


そんな俺を見て、五条先生も笑って。

 

すっぽりと抱きしめられていてあいにく顔は見えないけれど、


声は茶化しているのに


赤くなっている五条先生の耳がいとおしくてもっと笑う。

 

 

「こんな素敵なルッキングガイを笑うのなんて、恵ぐらいだよ!!」

 

 

「俺の特権ですから」

 

 

 

俺の背中に回る腕、頬につくあたたかい体。


優しく触れられるのも好きだけれど。

 

 


その力強い腕が心地いいと思った。

 

野薔薇と伏黒(私のかわいいお人形)

「プチプラだけど評判のビューラー買ってみたから試させなさいよ」


伏黒がぼおっとコーヒーを飲んでいると、釘崎が何か光るものを手に持ちながら横に立った。
当たり前だが金槌ではない。
何か華奢なものだ。

 

「プチプラ?」


あまり聞きなれない言葉に伏黒は聞き直す。

 

「そこか!?」


はぁ!?というように釘崎は一瞬顔をしかめたあと、まあいいわと光るものがある右手を見せた。

 

「安いけど、機能もばっちり。でも、自分で見てみたって違いがよくわかんないからあんたで試させて」


ちゃんと説明をしてくれる。
乱暴に見えて、釘崎は面倒見がいいのだ。


だが、釘崎が何をしたいのかが伏黒には分らない。

 

「どうするんだ?」


「ビューラー。これでまつげを挟むのよ」

 

釘崎はビューラーをカシャカシャさせながら、ほらやるわよと手元を近づけてくる。

 

「何のためにそんなこと...」


まさかの言葉に伏黒は身を引いた。

伏黒はまつげにそんなことをしたことなど、一度もない。

 

「目を大きく見せるの。可愛くなれるの」

 

釘崎は右手にあるビューラーを見た後、改めてこちらを向き近づいてくる。

 

「あんた、まつげ長いし丁度いいわ」

 

「気を付けるけど、まぶた挟んだらごめんね」

 

「なっ!」

 

「動かないで」

 


まだいいと言っていない!と伏黒は内心思いつつも目というデリケートな場所のため
動くに動けない。


それに釘崎は真面目な顔だ。

 

突然の行動とは裏腹に真剣に、慎重にしている。

 


伏黒のまつげをビューラーで挟み、数回きゅっとする。

 


時間にしたら、2秒か3秒だろうが長い時間に感じた。

 

釘崎が離れていく気配がする。


少しまつげが引っ張られるような感じがしたが、それだけで済んだようだ。

 

 

「はーっ!?何その目力アップ!!喧嘩売ってんのかこら。買うぞ。」

 


釘崎の情緒はせわしい。

また、伏黒を見つつ顔をしかめている。


伏黒には分らないが、釘崎の怒りを買ったらしい。

 


「謝れ。全女子に謝れ。」

 

「悪い。」

 

「真面目か。」

 


釘崎は大きなため息をつくと、「ありがと」と言葉にした。

 


「いいわ、このビューラー。買ってよかった。」

 

またビューラーをカシャカシャと音をさせると、釘崎は満足げに笑った。

 

どうなったのかは分からないが、釘崎の期待には応えられたようだ。


伏黒は安心した。

 

 

 


「ねぇ、伏黒。昨日新しくリップ買ったんだけど...」

 

 

 


私のきれいでかわいいお人形

 

自白

恵の中学の制服が届き、試しに着てみようという話になったときに、
着替えるために晒された恵の肌に欲情をした自分に驚いた。

 

 

子供だと思ってた恵に、欲を持ったのだ。

 

 

 

それなりにやんちゃをしたこともある。


だが、もう気づいてしまえば僕の世界は恵一色で

 


堕ちる覚悟した。

 

 

 

冗談に紛れ込ませて、言おうと思った口とは裏腹に顔の熱さに観念をした。

 

 

「恵が、好きなんです......ケド。」

 


何とも言えない怪訝そうな顔をしたあと、「少し待ってください」と
口元に右手を当てて考え込む恵を見て、世界一かわいいと思いつつ
おとなしく時間が過ぎるのを待つ。

 

 

そうして。

 


「......そうですね。俺も五条さんのことが好きです。」

 

 


世界はバラ色になった!

 

 

 

 

「18才になったら、恵の全部を頂戴。約束。お願い。ゼッタイ」

 

 

 

 

18才までは手を出さない。

 

自分に課した戒めだ。

 

 

それまで自由にさせてあげたい。

 

色々なものを見てほしい。

 

.........という、大人のスタンスを守っている。

 


包容力って大事だし、余裕が無いって思われたくないしね。

 

 

本音を言うと、たくさんのものを見た瞳で、それでも僕を選んでほしい。

 


見てほしい。

 

 

 


自分にも誓うように、確認をするように恵に言う。

 

 

18才までは手を出さない。でも18才になったら覚悟をして。

 

 

そんな思いを込めて。

 

 

そうすると、ふわりとほころぶように唇を開いて、でもはっきりと言ってくれるのだ。

 


「はい。」

 

と。

 


照れているのか、うつむき前髪に隠されて口元しか見えないけれど。

 

 


でも、それでいい。

 

 


恵も僕を見ていてくれる。それだけでいい。

 

 


思わず自分より細いその指を握る。
学校内ですよ!!と慌てる恵の声も可愛くて、可愛くて。

 

 

幸せを嚙み締めた。

 

 

 


浮かれていた僕は、恵の小さな決意と。

 

 

 

 

僕と同じ歩幅で隣を歩いていたと思っていた恵が

 

4mくらい後ろにいたことに気か付かずに。

 

慈愛

俺と五条先生は、付き合っている...らしい。


らしいというか、付き合ってはいるのだが、なぜ五条先生のような人が
俺を見てくれるのか、理由がわからない。

 


大切にされている、とは思う。
これ以上にないほどに。

 


幼少からの付き合いで、その延長戦かとも思ったのだがそうでもなく
「愛」らしい。

 

いつも飄々としている五条先生が、耳まで赤くして「恵が好きだ」と言った時には
驚きを通り越して、影に逃げてしまいそうになった。

 


逃がさないとばかりに両肩をつかんだ五条先生の熱い手。

怖いくらい澄んだ真剣な瞳。

赤い頬と耳。

 


いつでも思い出せる。

 


そんな五条先生がよく言う言葉がある。

 


「恵が18歳になったら、恵を全部ちょうだい。」

 


笑顔で言った後、照れて少しうつむき何とも言えない口元をもにょもにょとさせて
でも、幸せそうに言う。

 


だから俺は、迷うことなく

 

「はい。」

 

そう、即答するのだ。

 

 

その時が本当に来るのか。

 

その時俺は五条先生の隣にいることができるのか。

 

 

生きているのか。

 

 

生きていられるのか、ざらりとした淀みを心にためつつ。

 

 


その澄んだ瞳を見返して誓うことはできず、閉じてしまうけれど。

 

 

 

 

できれば そう であってほしい。

 


俺は心の隅で願った。

 

 

毒を片手に、物語はいつだってハッピーエンド(こんな感じのが書きたい散文)

9年間の積み重なった思い

 


何となく自分の好意に気づく 諦める
でも先生かまってくる
ぐるぐる
虎杖と野薔薇も来て、自分だけの先生じゃないことに気づく
でも先生は恵の

 

 

 


「ねー硝子聞いてよ!恵ったらまた悠仁と野薔薇とお出かけだって!!」

 

 

 


「良いことじゃないか。」

 


「恵ったらさ、」

 


「ちょーっと、ほんのちょっぴり気づいたみたんだよね!!」

 

 

 

悠仁や野薔薇と話していると、輪に入っていいのかきょどってて」

 


「ウケるー!!」

 


「少し視線を下げちゃうのがたまらないんだよね」

 

 

「あんまりいじめてやるなよ。」


呆れたようにしながらも、硝子の声音は本気だった。

 


「だって9年だよ!?」

 


「こーんなに五条さんに思われてるのに、今更気づくなんてまいっちゃうよね」

 

 


「恵の顔が見たくなっちゃった!」

 

 

「出かけているんだろう?」

 

「呼び戻せばいいことデショ?」

ポケットからスマートフォンを取り出しつつ、五条はドアへと向かう。

きっと、あの子のことだ。
五条が用事があるといえば、虎杖悠仁と釘崎野薔薇と別れ帰ってくるのだろう。


「あの子はお前の所有物ではないんだぞ」


その背中に釘を刺す。

だが、五条は振り返りにへらと笑うと、

 

「僕のものだよ」


何よりも強い言霊が紡がれた。

 

 

 

9年分の思いをまずは返してほしい。
返してもらったら、今度はもっとドロドロにしたい。


考えすぎな恵のことだから一人で暴走しそうだけれど、
大丈夫。
ちゃんと理解出来たら誉めてあげる。
ずっと傍にいてあげる。

 

 

 

 


そうじゃない場合は

 


いざとなれば心中もあるしね!

 

不慣れな手

「リーダーのお帰りだー!」

 

そう叫ぶ船員の声が高らかに響く。
わっと船内が賑やかになる。
この船の主役でもあるユイシアが、連れ立った仲間と共に陸での調査から

帰ってきたのだろう。

専らスノウが一人になれて良いと好んでいる場所から、その様子を見た。

船から降ろされた階段から、先頭を歩くユイシアの姿を見つける。
その顔を見た途端、思わず階下へと走っていた。

 

 

労りの言葉をかける仲間達に囲まれるその姿に向けて、スノウの足は止まらない。
どうにか傍まで来た時、やはりと確信をした。

 

「...ユイシア...っ!」

 

そして、その両頬を自分の手で触れる。
肌は白いが、炎のように熱かった。

 

「ちょっ、あんた何して...!」

 

ユイシアの後ろにいた少女が、スノウの突然の行動を咎めるが、それ所ではない。

 

「どうして、こんなに。」

 

ユイシアは、熱を持っていた。
朝から体調が悪かったのか、敵との戦いで何かあったのか。
無茶をしたのだろう。
早く休ませなくてはと、その手を取ると。

 

「説明しなさいよ!!ユイシア様、何処に連れて行く気!?」

 

周りにいた仲間達も、船内で待機をしていた仲間達もスノウの行動に騒めき出す。
しかし、スノウは叫んだ。

 

「ユイシア、こんなに体調が悪いのに、何で気が付かないんですか!?」

 

その言葉に、一同しんっとなる。

 

「えっ、いつものユイシアじゃあ...。」
「いつもの顔だぞ。」

 

周りは困惑をしているが、関わるだけ時間の無駄だ。

 

「気が付かないだなんて、信じられないです。」

 

そうきつく言うと、早くユイシアを休ませるべく、彼の部屋へと手を引いた。

 


スノウとユイシアが去った後には、いつもの無表情だよな?
言葉数少なかったけどいつもの事だし、
そう立ち尽くす者達で、戸惑いの声が響いた。

 

 

「ユイシア、辛いだろうけれど防具を脱ごう。」

 

部屋に着き、ベッドに寝かせようとまずは上着を脱がせる。
それを椅子に掛けると、次に剣や防具を外したが、置く場所が分からないので、
床に置いておいた。

 

ベッドに横になると、ユイシアの口から一つ安堵をしたような息が漏れる。

 

「体調が悪いなら、言わないと駄目だよ。ユイシア。」
「......。」

 

こくりとひとつ頷く。
そんな彼に「待ってて。」と声をかけると、スノウは部屋を出て行った。

 

 

船内にいてもあまり出歩かないスノウが唯一頼れるのは、

毎日の食事を出してくれる食堂の人達だ。
事情を話すと、「あらまあ!」と驚いた後、桶に水を汲んで、タオルを渡してくれた。
世間知らずのスノウにも、分かる。
「ありがとうございます。」と言って受け取ると、ユイシアの元へ戻ろうと踵を返す。

 

「ユイシア様の事、頼んだよ。しっかり面倒見てやってね。」

 

その言葉に振り向き、こくりと頷くとまた歩みを進めた。

 

 

ユイシアの部屋に戻ると、起き上がっていて、驚いた。

 

「こら、寝てなくちゃ駄目だろう。」
「......。」

 

ベッド横のサイドテーブルに桶を置くと、ユイシアの背中をさすり、

横になるように促す。
すると素直にユイシアは横になった。

 

「...スノウがいなくなったから。」
「食堂で、水とタオルを貰ってきたんだ。」

 

「待っててって言っただろう。」と一つ溜息を付く。
桶に入った水に、タオルを浸し、十分に水を吸い込ませてから絞る。
小さく折りたたむと、寝ているユイシアの額にタオルを置いた。
ほっと、息を吐く。
手にその息が触れると、やはり熱かった。
ベッドに椅子を寄せて座ると、手を伸ばしユイシアの髪を撫でた。

 

「大丈夫かい?」
「...うん。」

 

その言葉は嘘だろう。
だって、こんなにも顔色が悪い。

 

「もう喋らなくていいよ。ゆっくりお休み。」
「スノウは...?」

 

縋るように見つめられて、また溜息を付く。

 

「もう少し此処に居るよ。」

 

その言葉に、安心をしたのかゆっくりとユイシアの瞳が閉じた。

 

 

子供の頃にも、こんな事があった。
家で使用人として働いていたユイシアは、その日も体調が悪そうなのに

スノウの部屋に来て、
スノウの仕度の用意をしようとするので、慌てて自分のベットに寝かせた。

その時は、浴室に行き桶に水を入れて、自室の引き出しからハンカチを取り出し、
冷たい水に躊躇いながらもハンカチを浸し、軽く絞り、
不慣れな手つきで何とかユイシアの額にそれを置いた。
自分が風邪で看病をされた時の事を真似したのだが、合っているのだろうか。
心配だったが、ユイシアの表情が柔らかくなったので、安心をした。

 


部屋を訪れた使用人がその光景を見て驚いていたが、

父に知られたら怒られると思い、
秘密にしてくれと頼んだ。
スノウにとっては、ユイシアは同年代の気心知れる仲だが、
あくまでもユイシアは使用人なのだ。
それが使える主人の部屋で看病されているとあっては、不味いだろう。
その使用人は、仕方が無いという様に頷くと部屋を出て行った。

 


稽古や勉強で部屋を開ける時以外は、ユイシアの看病のため傍にいると、
ぽつんとベッドから出された左手が寒そうで、両手できゅっと握ってあげた。
ほっとしたようなユイシアの顔に、スノウは満足をした。
早く良くなれと願いながら。

 

 

夕方には、顔色の良くなったユイシアを見て安堵した。

 

「...スノウ、ありがとう。」
「体調がわるい時は無理しちゃだめだよ。」

 

そう諭すように言う。

 

「でも、スノウの支度があったし...。」
「他の使用人に頼むか、自分でもできるよ。」

 

そう言うと、何故かユイシアは傷ついた様な顔をしたので不思議に思った。

 

「僕が...、僕がしたいんだ。」

 

ぽつりと呟く言葉に。

 

「だったら、体調を崩さなければいいさ。」

 

そう言うと、こくりと頷いた。
それからユイシアは、スノウに使えている間、驚くほど丈夫で健康だった。

今から思えば、ハンカチから少し水が落ちていた。
もっと水を絞ればよかったと思ったものだ。

 

 

懐かしい頃を思い出す。
あの頃は、ユイシアが使用人で当たり前だと思っていた。
だが、今はどうだ。
スノウは落ちぶれ、ユイシアは108人もの仲間を従えるリーダーだ。
そして、船内には慕って集まってきた人々もいる。

その事を思うと、苦い笑みが出た。

 


考え事に集中していたからか、ふと我に返ってそろそろ席を外すかと思うと、
スノウの右手が温かいものに包まれている事に気が付いた。
見ると、ユイシアの左手に包まれている。

 

「...ユイシア。」

 

その手を離そうとするが、しっかりと握られていて取れない。
仕方が無いなと微笑む。
これは長期戦になりそうだ。
ただ見ているだけではつまらない。
そのベッドにぽすんっと上半身を乗せると、スノウもゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

ふと、スノウが目を覚ますと肩に暖かなものがあった。
何だろうと疑問に思うと、いつの間にかスノウの肩にブランケットが掛けてあり、

驚く。
ユイシアを見ると眠ったままで、左手も未だにスノウの手を握ったままだ。
良い香りに辺りを見渡すと、
ベッドのサイドテーブルにはユイシアにだろう見てわかるほど

柔らかく煮込まれたスープと、
スノウの為か、野菜とハムが挟んであるパンとカップに入ったスープが置いてあった。

 


船内の誰かが、持ってきてくれたのであろう。

 


ユイシアを敵視していた僕に、こんな事をしてくれる人がいたとは。

 


ユイシアに食事があるのは分かるが、自分の分まで、しかもブランケットまで、
用意をしてくれた人がいた事に驚く。

 


思わずベッドサイドに向けて右手を持ち上げるが、その手はユイシアが握ったままだ。
孤独を気取っていたが、もっと船内の人々と交流をするべきかもしれない。
ただでさえ、ユイシアは今回は危険がどれほどか分からないという事で、
陸での調査には連れて行かなかったが、それ以外では、

外でも船内でも必ずスノウを傍に置くのだ。
勿論気まずそうにする相手もいるが、大体の人々はユイシアと一緒にいるスノウにも、
にこやかに対応をしてくれる。

 


仲間だと認めてくれている。

 

 

「...ありがとう。」

 

 

君は僕にたくさんの物をくれる。
右手を握る熱い熱に、そっと左手も添えて包み込んだ。

正常と異常の風景・おままごと

その日は、ユイシアが出かけてから、ずっと押し殺した様な感情が扉の向こうから
漂っていた。
何かが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない
だが、期待感で胸が高鳴るような
何とも表現のできない高揚感で、ぞくぞくとした怖気が朝から止まらなかった。

 


何が始まる?
その時、躊躇うように小さなノックの後、カチリと鍵の開いた音がした

 


「.......ユイシア様が呼んでいます」
「私共が案内いたしますので...」

「すみませんが、貴方の存在に納得できていない者もいますので、
 これで姿を隠してください」

 


きっと嘘だ。
納得できない者、それはそのまま目の前にいる人物達だろう
もしかしたらもっと仲間がいて、その場所にいるかも知れない
態々合鍵まで作って会いに来るような連中なら、この軍と敵だった頃に沈めた船の
知り合いかもしれないし、ただ特別扱いされている者を弄りたいだけかもしれない。

 

外は危ないんだよね、ユイシア。

 

でも......面白い事は起きるだろう。


くつりと喉の奥で思わず哂ってしまったが、それを誤魔化すように咳払いをして
差し出された布を頭からつま先まで隠れるように身体に纏わせる

 

「案内...よろしくお願いします」
暗い部屋から一歩足を踏み出した。

 

 


だってそろそろ退屈だったんだ。
さぁ、どんなショウを見せてくれるのかな?

正常と異常の風景

パタンと扉が閉まる。


「.........ふぅ」


小さく鍵のかかる音がして、それまで浮かべていた笑顔を消して、
僕は溜息を吐きつつベッドに腰掛けた。


朝だといっても船内の一室である部屋は、

紋章球の光が無ければ真っ暗になってしまう。


だが、掃除も行き届き、花や絵が飾られ
綺麗に整えられたこの空間は、この船の中では一番の快適な部屋だろうと思った。

 

最初にユイシアを裏切った僕が、このような手厚い待遇にあるのは、自分でも戸惑う。
この船に乗せられた時も、今までの報いで処刑されるとばかり思っていたのに
貴族の息子として贅沢に暮らしていたあの頃と、
ユイシアが僕の家の小間使いだった時のままの日常が、此処には在る。

 

「いや...あの頃よりも性質が悪い」

 

この船に乗せられてから、息苦しいまでのユイシアの世話の焼き方に

僕はうんざりしていた
まるで一目でも目を放したら僕がどうにかなってしまうかのように
表情は無邪気のままで、見つめる眼だけが笑っていない。

 

裏切り、一時でも敵だったユイシアに情けをかけられるのが嫌で、

散々殺せと喚いた所為か、
今までの世話焼きに、監視という余計なものまで付いてしまった気がする。

僕は恥を晒すのが嫌で投げやりな状態で終わらせて欲しいと喚いていたが、
ユイシアも涙を浮かべながら、必死に何かを叫んでいた。

 

「あの時の真っ青で呆然とした顔は見ものだったけれど」


あの時を思い出し、くすりと笑いながらも、まさにあの時から始まった
この息苦しい生活を考えると、頭痛と苛々する気持ちが生まれてきて、僕を苛む。
喚きながら興奮状態だった僕は、ユイシアも何も見えていなくて
何かの紋章の力をぶつけられたような気がした後
突然意識が無くなって、気付いた時にはこの部屋で、

目の前には笑顔のユイシアがいて。


繰り返される
おままごとのような子供騙しの嘘だらけの日常が始まっていた。

 


「外は危ないから、此処にいてね」


お互い、といっても主に僕のだが朝の支度をして、
いつものように部屋から出て行くユイシアを見送る。
明るく無邪気に言う癖に、眼の奥の心配でたまらないという感情が見えて
可笑しくなった。

 

「ユイシア、怪我をしないように気をつけて」


無事に帰ってくるのを待っているよ、と儀式のように毎朝同じ言葉を吐いて
光り輝くような笑顔で部屋から出て行きながら、毎日忘れずに部屋の鍵をかける時の
カチリ...という音に、思わず扉に殴り掛かってしまいそうになる心を押さえ込んだ。

 

外は危ない


そうだ、ユイシアだってちゃんと解っている
この部屋から出れば、この船に集う皆のリーダーを裏切り陥れた僕は、
たとえ、ユイシアが許すと公言しても、憎らしくてしょうがない存在だろう。
それなのに、まるでそんな僕への呪詛の言葉や、空気が無いかのように振る舞い
何も無い、気持ち悪いほど穏やかな日常を差し出す。
この扉のすぐ先は、僕への悪意で溢れているというのに。

 

鍵も、僕への警告と同時に、外からの侵入も警戒しているのだろう。
まるでここは光しかない楽園だというような戯言を言う癖に、
ちゃんと悪い事を自分がしていると、頭のどこかで解っている。
僕に見せないように無邪気に笑いながらも、
ひたひたと後ろから近付く悪意を人一倍気にしてる。
僕はもう気付いているのに。

 

ユイシア
何故、この歪さを認めない?


この船に乗る者達全てが、君に希望を託し、共に戦っているというのに
その者達を表面的には悟られないようにしながらも捨てて、
裏切り者に跪く異常さを。

 

 

――ユイシア様に迷惑をかけないでほしい
――さっさと船から下りてくれ
――裏切り者が!!

 


この部屋に来て少し経った頃、扉の向こうから怒鳴られた言葉を思い出す。
男性も女性も、子供のような声も、遣り切れないだろう思いを叫んでいた
それは全てユイシアを慕う人々の思い。

 

解ってる。
解っているから、僕をどこでも良いから陸に降ろして欲しい。
貴族の地位も信頼も何もかも失った僕と、

紋章の力を手にし皆の為に戦っているユイシア


こんなになってまでも消えない僕のプライドには呆れてしまうが、

劣等感を
大いに刺激されるユイシアの傍にいることは、
酷く苦痛だった。

 

「ごめんね、スノウ」


――皆にはちゃんと説明したから。もう何も変な事言わせはしないから――


その事を聞いたのだろう、ユイシアの床に這う様に必死になって謝る姿も

同時に思い出す。
...惨めさを実感して、益々憎らしくなる

その姿を見て喜ぶほど、僕はまだ落ちぶれてはいない。

 

 

ぼんやりと目を開けると、いつの間にか眠ってしまってたらしく
枕元の、この部屋にある唯一の時計の針は正午過ぎを差していた
遠くから靴音を響かせ近付く音がする
どうやらこの音に起こされたらしい。

 

リーダーの部屋の前を、音も気にせず走れるのは、

この部屋の主だからに他ならない。
始まる、また繰り返しが。
ベッドから立ち上がり、扉の前へ進むと、ユイシアが喜ぶ顔を作った。
扉の近くにいると、一瞬表情を歪ませる事に気付いている
僕にできる、この退屈な日常のささやかな意表返しだ。

 

「スノウ!!」
「おかえり、ユイシア」

 

飛び込んでくる僕よりも少し小柄な身体を、受け止めるように両手を広げた

歪さはいつか壊れる
それまではこのままで。
繰り返そう
眠るまでの時間を、いつものように。

 

 

君が見た景色を、早く僕にも見せてくれないか?

主人とおもちゃ箱と犬

主人とおもちゃ箱と犬

 


枕元の時計から、一日のはじまりのベルが鳴った
一音目ですかさずベルを止めて、ぼくはううーんと思いきり伸びをする
船の中の部屋だから、朝が来てもまぶしいという事は無いけれど、
ぐっすり眠って起きると、とても気持ちがいい。

ゆっくりベッドから出て音をたてないように
ぼくは手早く自分のしたくをすると、急いでお湯とタオルを用意した。
これからたいせつなお努めをしなくちゃいけない


「起きて、朝だよ.........スノウ」
「...ん」


「スノウ、ごめんね」

 


ぼくのとなりで眠っていたスノウに、大きな声でびっくりさせないように
静かに話しかける。
気持ちよく眠っているのに、起こしてしまうなんて、なんてぼくは酷いのだろう
ほんとうはずっと眠らせていてあげたいけれど、
スノウはそういうしっかりしないのは嫌いだもの。
それに、悲しいけれど、ぼくはきょうの分の「用事」を片付けるために
もうすこししたら部屋を出なくちゃいけない
ほんとうはずっと一緒にいたいけれど。

 

「あぁ......おはようユイシア」

 


ぼんやりとしながらも、ぼくの声に応えて、ゆっくりと目を開けてくれる
それを見る瞬間、ぼくは毎朝しあわせでむねがいっぱいになってしまう

 

「おはよう、スノウ」

「もう朝なんだ...?」


「うん、ごめんね、部屋にまどがあればもっと朝だってわかるのに」

 

ぼくのみぎてでスノウのみぎてを引いて、

ひだりてで背中を支えるようにして起こすと
スノウはくるしいような表情でわらった。

 

「ひとりでも起きれるよ...」
「お世話したい、お世話させて」

 

しょうがないなという感じで、くすりと笑う表情さえ、まいにちのことなのに嬉しい
なぜかわからないけど、ちょっとでもさわりたい。
だってこういう機会じゃないと、さわれないもの。
きれいなきれいなスノウ。

 

ベッドに腰掛けさせて、ゆっくりと
熱く無いようにさましたタオルで白い小さな顔を拭く。
くすぐったそうにくすくす笑うけれど、ちゃんと首まで拭くまでがまんだからね
白く輝く髪に櫛を入れる。
スノウの髪はやわらかいから、ちょっとしたことで癖がついちゃう
ささくれなんて絶対無いように爪のかくにんとお手入れも入念にして。
長くて白い脚に傷ひとつないことをたしかめて。


「できた」
「ありがとう、ユイシア」


完璧だ!
もちろん、寝起きでぼんやりしていて、髪の毛がほわほわしているスノウも
とてもとてもぼくにとって、しあわせになるのだけれど。
スノウは最初はそんなことしないでくれって困った顔で言ったけれど、

ぼくはどうしても
この朝のやりとりを止められなかった。

 

――昔はずっとぼくの役目だったんだもの―。

 

騎士団に入団してから、宿舎に入ったぼくは
スノウとはなれてしまって、朝も会えなくて、いつも会えなくて。
かなしくて、どんなに泣いたか。
どんなに、今スノウの傍にいるかもしれない人間を憎んだか。
ころしてしまいたかったか。

 

スノウはきれい。
だから、ぼくにきれいにさせて欲しい。
ぼくにスノウをつくらせてほしい

 


お湯を捨てて、スノウがつかったタオルを誰かに使わせるなんてゆるせなくて
紋章で燃やしてから、いつもながらすばらしい朝に高揚した気持ちをおさえながら
朝ごはんを食堂から持ってくると、ぼくの気配に部屋のとびらが静かにひらく
とびらをあけながら、スノウがやさしくわらっていた


「ありがとう、ユイシア」

 

ふたり分のご飯を持って両手がふさがってしまうからしょうがないけれど
この瞬間はぼくはきらいだ。
スノウが少しでも部屋のそとに近付くと思うと、こころがもやもやしてしまう。

 

机に朝ごはんを置いて、スノウとぼく、向かい合って椅子にすわる。
ほんとうはスノウと一緒に食べるなんて、ぼくにはもったいない位のことだけど
いつもスノウは一緒に食べようと微笑んでくれる。


ぼくはそれがうれしくてうれしくて!


お屋敷で食べていたご飯よりもぜったい見た目も味もわるいのに、
キレイ(上品)に食べている姿を傍で見るだけで、

ぼくはむねがいっぱいになってしまって
お腹もいっぱいになってしまう。
ずーっとみつめていると

 

「...ユイシア。ちゃんと食べなきゃだめだよ」


苦笑いしながら、スノウがぼくを注意してくれた。

 

ああ、ぼくはしあわせだ
しあわせでしあわせで
スノウがぼくを見てくれる。
まいにちぼくをみてくれる。

 

じゃあ、いってくるね
すぐ帰ってくるから、待っててね
そとはあぶないからここにいてね。

 

 

はやく用事をすませて、スノウのお世話をしなくっちゃ!