番犬には飼い主が必要

人混みから、ようやくお目当ての人物の姿が見え、五条は安堵した。
迷子になったのかと心配した。

 

五条さんは目立つから俺が行きます、と慣れた手つきでクレジットカードを手にして
恵が公園内にある有名カフェチェーンに向かってから数刻が経っていた。

 

座る場所を確保していてくださいと言われ、
おとなしく待っていた。

 

こんないい天気なのだから、空を見ていたいという恵の希望に答えた結果だ。


確かにちゅんちゅんとすずめが飛び、咲いている花には蝶が舞い
自然あふれる、恵が好きそうなシチュエーションだ。

 


だが。

恵がいなければ、ただのうるさい鳥とただの虫としか思えない。

 


健気に待つ五条さんえらいと、自画自賛をしつつ、組んだ足をぶらぶらと揺らして
待つのは苦痛だった。

 

せっかくの恵とのデートなのだ。

 

一秒、一時ですら離れていたくはない。

 


しかし、現実はそうさせてはくれない。

 


そもそも、恵がそうさせてくれない。

 

 

「遅いよー、めぐみー。」

 

ぶーぶーと片頬を膨らませて、目の前に来た恵に甘えるように言うと、
その表情にありありと「面倒」と書かれているような顔をして、
恵はため息をついた。

 


「五条さん、鳴き声がめぐみになるところだったよ。」


「地味に嫌ですね。」

 

ふはっ、なんだそれと笑いながら、右手に持ったトールサイズのカップを渡される。
うん。
僕の好みばっちりな生クリーム増し増しのドリンクだ。


逆に左手にはシンプルなカップが握られていた。

 

「コーヒー買いに行くだけで何分かかってるのー。」

 

はいこれとクレジットカードを渡されながら、一番の疑問を聞く。

......僕のクレジットカード、ずっと持っててくれてもいいんだけどなぁ。

 

そうは思いつつも、さすがにそれは学生の恵には「重すぎ」かとカードケースに仕舞った。

 

「店行く前に道を聞かれて。俺もわからないのでスマホで調べてました。」

 


ストローを吸いかけた口が、何も吸い込まないままひゅっと鳴った。

 

 

「案内まではしませんでしたが、分かってもらえてよかったです。」

 

 

すとんと五条の横に座る。

 

 

ぎぎぎぎぎと、ゆっくり恵の方を向く。

 

 

「うっ、浮気!!!???」

 

「違います。」

 

何でそうなるんですかと、恵は何事もないようにカップの口にふぅふぅと息を吹きかけていた。

 


かわいい。

 

今すぐスマホを取り出して録画したい。


だが、この前「五条先生、俺の写真撮りすぎです!!禁止!」と言い渡されてしまったのだ。

 

ひどい。

 

恵のかわいい姿を脳内に記憶しつつ、でもっと追求をしようとしたが。

 


「東京に観光に来たおじいさんとおばあさんですよ。」

 

だから、手を貸したかったんです。

 


そう言われて、うちの恵はなんて優しい!!と感動した。

 


「恵ちゃん、いいこいいこ!!」

 

「今抱きついたら、口聞きません。」

 


両手を広げたが、すかさず言われた言葉にしゅんとなった。

姿勢を正し溶けかけのドリンクをずずーと飲む。

 


「.........部屋に行ってから、してください。」

 

「めぐみっ!!」

 

恵はうるさいとばかりに、片手で耳をふさぐ。

 


「あんた本当に鳴き声恵になったんじゃないですか?」

 

 


そう苦笑いをする顔も最高にかわいかった。

 

 

 

 

 

 

分かっていた。


ちゃんと視ていたから。