不慣れな手

「リーダーのお帰りだー!」

 

そう叫ぶ船員の声が高らかに響く。
わっと船内が賑やかになる。
この船の主役でもあるユイシアが、連れ立った仲間と共に陸での調査から

帰ってきたのだろう。

専らスノウが一人になれて良いと好んでいる場所から、その様子を見た。

船から降ろされた階段から、先頭を歩くユイシアの姿を見つける。
その顔を見た途端、思わず階下へと走っていた。

 

 

労りの言葉をかける仲間達に囲まれるその姿に向けて、スノウの足は止まらない。
どうにか傍まで来た時、やはりと確信をした。

 

「...ユイシア...っ!」

 

そして、その両頬を自分の手で触れる。
肌は白いが、炎のように熱かった。

 

「ちょっ、あんた何して...!」

 

ユイシアの後ろにいた少女が、スノウの突然の行動を咎めるが、それ所ではない。

 

「どうして、こんなに。」

 

ユイシアは、熱を持っていた。
朝から体調が悪かったのか、敵との戦いで何かあったのか。
無茶をしたのだろう。
早く休ませなくてはと、その手を取ると。

 

「説明しなさいよ!!ユイシア様、何処に連れて行く気!?」

 

周りにいた仲間達も、船内で待機をしていた仲間達もスノウの行動に騒めき出す。
しかし、スノウは叫んだ。

 

「ユイシア、こんなに体調が悪いのに、何で気が付かないんですか!?」

 

その言葉に、一同しんっとなる。

 

「えっ、いつものユイシアじゃあ...。」
「いつもの顔だぞ。」

 

周りは困惑をしているが、関わるだけ時間の無駄だ。

 

「気が付かないだなんて、信じられないです。」

 

そうきつく言うと、早くユイシアを休ませるべく、彼の部屋へと手を引いた。

 


スノウとユイシアが去った後には、いつもの無表情だよな?
言葉数少なかったけどいつもの事だし、
そう立ち尽くす者達で、戸惑いの声が響いた。

 

 

「ユイシア、辛いだろうけれど防具を脱ごう。」

 

部屋に着き、ベッドに寝かせようとまずは上着を脱がせる。
それを椅子に掛けると、次に剣や防具を外したが、置く場所が分からないので、
床に置いておいた。

 

ベッドに横になると、ユイシアの口から一つ安堵をしたような息が漏れる。

 

「体調が悪いなら、言わないと駄目だよ。ユイシア。」
「......。」

 

こくりとひとつ頷く。
そんな彼に「待ってて。」と声をかけると、スノウは部屋を出て行った。

 

 

船内にいてもあまり出歩かないスノウが唯一頼れるのは、

毎日の食事を出してくれる食堂の人達だ。
事情を話すと、「あらまあ!」と驚いた後、桶に水を汲んで、タオルを渡してくれた。
世間知らずのスノウにも、分かる。
「ありがとうございます。」と言って受け取ると、ユイシアの元へ戻ろうと踵を返す。

 

「ユイシア様の事、頼んだよ。しっかり面倒見てやってね。」

 

その言葉に振り向き、こくりと頷くとまた歩みを進めた。

 

 

ユイシアの部屋に戻ると、起き上がっていて、驚いた。

 

「こら、寝てなくちゃ駄目だろう。」
「......。」

 

ベッド横のサイドテーブルに桶を置くと、ユイシアの背中をさすり、

横になるように促す。
すると素直にユイシアは横になった。

 

「...スノウがいなくなったから。」
「食堂で、水とタオルを貰ってきたんだ。」

 

「待っててって言っただろう。」と一つ溜息を付く。
桶に入った水に、タオルを浸し、十分に水を吸い込ませてから絞る。
小さく折りたたむと、寝ているユイシアの額にタオルを置いた。
ほっと、息を吐く。
手にその息が触れると、やはり熱かった。
ベッドに椅子を寄せて座ると、手を伸ばしユイシアの髪を撫でた。

 

「大丈夫かい?」
「...うん。」

 

その言葉は嘘だろう。
だって、こんなにも顔色が悪い。

 

「もう喋らなくていいよ。ゆっくりお休み。」
「スノウは...?」

 

縋るように見つめられて、また溜息を付く。

 

「もう少し此処に居るよ。」

 

その言葉に、安心をしたのかゆっくりとユイシアの瞳が閉じた。

 

 

子供の頃にも、こんな事があった。
家で使用人として働いていたユイシアは、その日も体調が悪そうなのに

スノウの部屋に来て、
スノウの仕度の用意をしようとするので、慌てて自分のベットに寝かせた。

その時は、浴室に行き桶に水を入れて、自室の引き出しからハンカチを取り出し、
冷たい水に躊躇いながらもハンカチを浸し、軽く絞り、
不慣れな手つきで何とかユイシアの額にそれを置いた。
自分が風邪で看病をされた時の事を真似したのだが、合っているのだろうか。
心配だったが、ユイシアの表情が柔らかくなったので、安心をした。

 


部屋を訪れた使用人がその光景を見て驚いていたが、

父に知られたら怒られると思い、
秘密にしてくれと頼んだ。
スノウにとっては、ユイシアは同年代の気心知れる仲だが、
あくまでもユイシアは使用人なのだ。
それが使える主人の部屋で看病されているとあっては、不味いだろう。
その使用人は、仕方が無いという様に頷くと部屋を出て行った。

 


稽古や勉強で部屋を開ける時以外は、ユイシアの看病のため傍にいると、
ぽつんとベッドから出された左手が寒そうで、両手できゅっと握ってあげた。
ほっとしたようなユイシアの顔に、スノウは満足をした。
早く良くなれと願いながら。

 

 

夕方には、顔色の良くなったユイシアを見て安堵した。

 

「...スノウ、ありがとう。」
「体調がわるい時は無理しちゃだめだよ。」

 

そう諭すように言う。

 

「でも、スノウの支度があったし...。」
「他の使用人に頼むか、自分でもできるよ。」

 

そう言うと、何故かユイシアは傷ついた様な顔をしたので不思議に思った。

 

「僕が...、僕がしたいんだ。」

 

ぽつりと呟く言葉に。

 

「だったら、体調を崩さなければいいさ。」

 

そう言うと、こくりと頷いた。
それからユイシアは、スノウに使えている間、驚くほど丈夫で健康だった。

今から思えば、ハンカチから少し水が落ちていた。
もっと水を絞ればよかったと思ったものだ。

 

 

懐かしい頃を思い出す。
あの頃は、ユイシアが使用人で当たり前だと思っていた。
だが、今はどうだ。
スノウは落ちぶれ、ユイシアは108人もの仲間を従えるリーダーだ。
そして、船内には慕って集まってきた人々もいる。

その事を思うと、苦い笑みが出た。

 


考え事に集中していたからか、ふと我に返ってそろそろ席を外すかと思うと、
スノウの右手が温かいものに包まれている事に気が付いた。
見ると、ユイシアの左手に包まれている。

 

「...ユイシア。」

 

その手を離そうとするが、しっかりと握られていて取れない。
仕方が無いなと微笑む。
これは長期戦になりそうだ。
ただ見ているだけではつまらない。
そのベッドにぽすんっと上半身を乗せると、スノウもゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

ふと、スノウが目を覚ますと肩に暖かなものがあった。
何だろうと疑問に思うと、いつの間にかスノウの肩にブランケットが掛けてあり、

驚く。
ユイシアを見ると眠ったままで、左手も未だにスノウの手を握ったままだ。
良い香りに辺りを見渡すと、
ベッドのサイドテーブルにはユイシアにだろう見てわかるほど

柔らかく煮込まれたスープと、
スノウの為か、野菜とハムが挟んであるパンとカップに入ったスープが置いてあった。

 


船内の誰かが、持ってきてくれたのであろう。

 


ユイシアを敵視していた僕に、こんな事をしてくれる人がいたとは。

 


ユイシアに食事があるのは分かるが、自分の分まで、しかもブランケットまで、
用意をしてくれた人がいた事に驚く。

 


思わずベッドサイドに向けて右手を持ち上げるが、その手はユイシアが握ったままだ。
孤独を気取っていたが、もっと船内の人々と交流をするべきかもしれない。
ただでさえ、ユイシアは今回は危険がどれほどか分からないという事で、
陸での調査には連れて行かなかったが、それ以外では、

外でも船内でも必ずスノウを傍に置くのだ。
勿論気まずそうにする相手もいるが、大体の人々はユイシアと一緒にいるスノウにも、
にこやかに対応をしてくれる。

 


仲間だと認めてくれている。

 

 

「...ありがとう。」

 

 

君は僕にたくさんの物をくれる。
右手を握る熱い熱に、そっと左手も添えて包み込んだ。