主人とおもちゃ箱と犬

主人とおもちゃ箱と犬

 


枕元の時計から、一日のはじまりのベルが鳴った
一音目ですかさずベルを止めて、ぼくはううーんと思いきり伸びをする
船の中の部屋だから、朝が来てもまぶしいという事は無いけれど、
ぐっすり眠って起きると、とても気持ちがいい。

ゆっくりベッドから出て音をたてないように
ぼくは手早く自分のしたくをすると、急いでお湯とタオルを用意した。
これからたいせつなお努めをしなくちゃいけない


「起きて、朝だよ.........スノウ」
「...ん」


「スノウ、ごめんね」

 


ぼくのとなりで眠っていたスノウに、大きな声でびっくりさせないように
静かに話しかける。
気持ちよく眠っているのに、起こしてしまうなんて、なんてぼくは酷いのだろう
ほんとうはずっと眠らせていてあげたいけれど、
スノウはそういうしっかりしないのは嫌いだもの。
それに、悲しいけれど、ぼくはきょうの分の「用事」を片付けるために
もうすこししたら部屋を出なくちゃいけない
ほんとうはずっと一緒にいたいけれど。

 

「あぁ......おはようユイシア」

 


ぼんやりとしながらも、ぼくの声に応えて、ゆっくりと目を開けてくれる
それを見る瞬間、ぼくは毎朝しあわせでむねがいっぱいになってしまう

 

「おはよう、スノウ」

「もう朝なんだ...?」


「うん、ごめんね、部屋にまどがあればもっと朝だってわかるのに」

 

ぼくのみぎてでスノウのみぎてを引いて、

ひだりてで背中を支えるようにして起こすと
スノウはくるしいような表情でわらった。

 

「ひとりでも起きれるよ...」
「お世話したい、お世話させて」

 

しょうがないなという感じで、くすりと笑う表情さえ、まいにちのことなのに嬉しい
なぜかわからないけど、ちょっとでもさわりたい。
だってこういう機会じゃないと、さわれないもの。
きれいなきれいなスノウ。

 

ベッドに腰掛けさせて、ゆっくりと
熱く無いようにさましたタオルで白い小さな顔を拭く。
くすぐったそうにくすくす笑うけれど、ちゃんと首まで拭くまでがまんだからね
白く輝く髪に櫛を入れる。
スノウの髪はやわらかいから、ちょっとしたことで癖がついちゃう
ささくれなんて絶対無いように爪のかくにんとお手入れも入念にして。
長くて白い脚に傷ひとつないことをたしかめて。


「できた」
「ありがとう、ユイシア」


完璧だ!
もちろん、寝起きでぼんやりしていて、髪の毛がほわほわしているスノウも
とてもとてもぼくにとって、しあわせになるのだけれど。
スノウは最初はそんなことしないでくれって困った顔で言ったけれど、

ぼくはどうしても
この朝のやりとりを止められなかった。

 

――昔はずっとぼくの役目だったんだもの―。

 

騎士団に入団してから、宿舎に入ったぼくは
スノウとはなれてしまって、朝も会えなくて、いつも会えなくて。
かなしくて、どんなに泣いたか。
どんなに、今スノウの傍にいるかもしれない人間を憎んだか。
ころしてしまいたかったか。

 

スノウはきれい。
だから、ぼくにきれいにさせて欲しい。
ぼくにスノウをつくらせてほしい

 


お湯を捨てて、スノウがつかったタオルを誰かに使わせるなんてゆるせなくて
紋章で燃やしてから、いつもながらすばらしい朝に高揚した気持ちをおさえながら
朝ごはんを食堂から持ってくると、ぼくの気配に部屋のとびらが静かにひらく
とびらをあけながら、スノウがやさしくわらっていた


「ありがとう、ユイシア」

 

ふたり分のご飯を持って両手がふさがってしまうからしょうがないけれど
この瞬間はぼくはきらいだ。
スノウが少しでも部屋のそとに近付くと思うと、こころがもやもやしてしまう。

 

机に朝ごはんを置いて、スノウとぼく、向かい合って椅子にすわる。
ほんとうはスノウと一緒に食べるなんて、ぼくにはもったいない位のことだけど
いつもスノウは一緒に食べようと微笑んでくれる。


ぼくはそれがうれしくてうれしくて!


お屋敷で食べていたご飯よりもぜったい見た目も味もわるいのに、
キレイ(上品)に食べている姿を傍で見るだけで、

ぼくはむねがいっぱいになってしまって
お腹もいっぱいになってしまう。
ずーっとみつめていると

 

「...ユイシア。ちゃんと食べなきゃだめだよ」


苦笑いしながら、スノウがぼくを注意してくれた。

 

ああ、ぼくはしあわせだ
しあわせでしあわせで
スノウがぼくを見てくれる。
まいにちぼくをみてくれる。

 

じゃあ、いってくるね
すぐ帰ってくるから、待っててね
そとはあぶないからここにいてね。

 

 

はやく用事をすませて、スノウのお世話をしなくっちゃ!