乙女

秀にはアイスコーヒー、僕はミルクティー


「秀のコーヒーちょっとちょうだい」


ふたり別々のものを頼んだのだから、半分こも楽しいよ
コーヒーの苦味も、ミルクの甘さも一緒に

 

でも、むっとした顔をするから、慌ててコーヒーに伸ばした手を止める
そうか、僕だけがもらおうとしちゃだめだ!

 

「あっ、ミルクティー秀も飲む...」

「オレ、別にオカマと付き合いたいわけじゃないんだけど」

「...え?」

「いちいちお前、言ってる事女みたいで嫌だ」

 

おっと、何か痛い、痛い痛い
僕は僕のままで、ただ喋っているだけだけど、何か可笑しかったのだろうか?
難しい。

 

とりあえず、ミルクティーを飲みつつ、にへらと笑ってみるけれど
確実に大きな大きな傷が、秀には見えないだろうけれど、できた
指が震えちゃって、目も鼻もつんっとするけれど、

僕はミルクティー越しに笑顔をつくった

 

僕は変わっていないはずだ
抱かれているうちに何かが変わってしまったのだろうか?
ああ、でも確かにテレビで映る恋人同士のやり取りを羨ましいと思った
彼氏としたいと思った

 

...そんな事を言う秀だって、無意識に僕の役割を「女」だと思っているくせに

暗闇

冷房をずっとつけているわけにもいかず、1階ではないからまあいいかと窓を開け
熱風と、それに混じる静かな夜の空気の気持ち悪さに眠るのを苦労していると、
喉の渇きを覚え、部屋の電気をつけてキッチンに向かった

 

大気や地を切り裂くような勢いで、雷が鳴り響いている

 

冷蔵庫からペットボトルを出し、コップに移そうとした所で
部屋の電気よりも明るい光と、爆発音のような雷の後、全ての電気が止まった

溜息をこぼし、闇に目を慣らしつつ、明かりが無いのは心許無いものだなと思う自分に
苦笑いして、それでも雷光があれば良いかと窓の方に振り返ったとき
人影がいた

 

「......」

 

治安の悪化とかセキュリティとか、散々叫ばれている昨今だけど
何も野郎の一人暮らしの家に侵入しようとする奴がいるとは思わなかったな...。
ご丁寧にも右手らへんで光っているものは、刃物なのだろう
如何にもなぼろい学生向けの、

男しか住まない様なアパートを狙わなくても良いだろうに
金目の物なんか、勿論無い。
だったら...。

 


「...とりあえず」

 

奴は窓辺に突っ立ったまま
だけど、明らかに殺意とも何ともいえない意識を向けられているのが解る

 

「喉がすげえ渇いているから、一杯飲ませて」

 

 

ナイフの刃先が、自分に向かっているのをさり気なく見つめる
カーテンの隙間から漏れる微かな光に反射して、キラリと輝く

 

いつまでも停電なわけじゃない
数秒か、数分後か。

 


この部屋に明かりが再びともった時、こいつの顔が照らされる時
終わっているのか生きているのかを思うと
じわじわとくる奇妙な高揚感に、自分の何かが軽くなった気がした。

むずむずする

ちょっとした息抜きの旅行を仲間達で馬鹿騒ぎをしながら楽しんだ数日後
ユキヒトの鞄に俺の物が紛れ込んでいたとかで連絡を受け
それならと、俺はユキヒトがアキラと共に住む部屋に出掛けていった。

紙やら日用品やらが床に散乱している汚ねえ奴等の部屋の、辛うじてスペースのある
片隅に待機させられながら、
今俺は何で此処に来ちまったのかと、後悔していた。


「片付けないからこうなるんだよ!」

「だから、俺だけの所為じゃないって言ってるだろう!」

ユキヒトとアキラは、言い合いながら部屋を手や足でかき混ぜていく
...どう見ても「掃除」じゃねえ。
どうやら、あまりの部屋の汚さに、俺がこの部屋に着く前に俺の忘れ物
紛失してしまったらしい。
無くしたのはこいつ等だが、自分の友人達が自分の事で喧嘩状態になるほど
気まずいものは無い。

「おい、アキラ...」
ふと、何かを思いついたように、でも探している手はそのままでユキヒトが
アキラの名を呼ぶと

「ほら」
アキラがユキヒトに向けて、何かを放り投げた。

「悪い」
掌に受け取ったものを確認すると、満足げにズボンのポケットにしまう

なんだ?
何か、自分の探し物でも思いついて、アキラに聞いたってとこか?

そういえばさっきも
アキラがユキヒトの名前を呼んだら、返事と同時に何か投げていたな...。
...........その会話にはいつも「物」の名前は無いような...?
...考えれば考えるほど、不可解な会話だと気付く。

何を探しているとか、そういう会話は一切無いのに、こいつ等どうして当たり前のように
やり取りをしているんだ?

それって何か...。

こう、何か当てはまるような言葉が浮かびそうになるのだが、モヤモヤと霧が掛かる様に
はっきりしない。
片隅でひとり、答えが出ないまどろっこしさに唸っていると

「う、わっ!?」
アキラが床に散らばる紙で滑りそうになり、体勢が崩れる
俺は慌てて助けに行こうかと思ったが、それより先にユキヒトの腕がアキラの腰に回り
空を舞ったアキラの手を掴んだ

ふぅ...、と一瞬安堵の様な溜息を吐いた後、「...ドジだな」と呆れた声で
ユキヒトが苦笑いをする

「...わ、悪い」
アキラもまだ動揺があった所為か、静かにユキヒトに支えられている

そう、支え.........長くねえか?

俺の視線に気付いたのか、バッとふたりは離れると、また部屋を捜索し出した
でも、何ともいえない微妙な空気が漂う
説明するには難しいような...これって何なんだ?

「あのよ、俺......ここにいても、大丈夫か?」
訳が解らない気まずさに絶えかねて俺はぼそりと言った。


「......は?」
アキラが手に紙を大量に掴んだまま、何を言い出すんだという顔で俺を見つめる

「お前、何言ってんだ?
 そりゃ無くしたのは悪いとは思うけど、ぐだぐた言ってんじゃねえよ。黙って待ってろ」
無くした原因のひとりでもあるだろうに、探すのが面倒になったのか
ヤケなのか、苛々した口調でユキヒトが俺を睨み付ける

俺は言われるがまま、また部屋の片隅でおとなしく出来るだけ小さくなって
早く俺の物が見つかって帰れるように誰にとも無く祈っていたが
...何か訳わかんねえ空気というか、背中や尻がむず痒いというか
モヤモヤした気持ちは消えないどころか、益々増していく

......ダニかノミでもいるのか、この部屋?

どこまでも残酷になれる気がした

崎谷 紫 由宇希
蒼一 楓

襲われた受け 崎谷
攻めの謝罪


酔ってなんかいなかった
今だったら解る
信頼を裏切った

何でもする
女と付き合え

「ごめん...」
でも、あの女とやったんだろう?
「だって...崎谷が......崎谷がしろっていったから...」
俺の事が好きなくせに、命令されてこいつがどんどん壊れていくのが解る。

どこまでも残酷になれる気がした

 

「どうだった?」
こんな真昼間の喫茶店で、女を抱いた感想を聞くのも、
ある意味羞恥心を引き出す倒錯したプレイみたいだ。


自分でも見れない様に、 シーツを掴む

まるで抱いた後の女の仕草其の侭だか、薄いシーツで身体を覆っているだけでも
何物にも変え難い様な、まるでこの無機質が守ってくれるような気がした。


何の言葉も頭に入らない。


必死で土下座をして謝る蒼一の姿は、その時の俺には得体の知れない化け物に見えた。


俺を好きだと、ふざけた事を言ったこいつをぶち壊してやろうと思った。

怒りと男に襲われたという身体の痛みを

俺を滅茶苦茶に抱いた後、勝手に許しを請いながら
オトコしか愛せないと涙しながら告白をしたこいつを壊すには、最適じゃないか?

目の前から消えればいいと思ったが
驚く事に、蒼一は要求を呑んだ。

「それでも...傍にいさせてくれるなら、崎谷の姿が見れるなら...」

 

何でもするんだろ?

テーブルにぽつぽつと水の粒が落ちる
両手を握り締め震わせながら、俯く蒼一の歯軋りと嗚咽を聞いても何も感じない。

それだけの事を、こいつはしたのだ。
何年にも亘る友情、信頼、今までの全てを裏切った。
...親友だと、そう思っていたのは俺だけだったけれど。


「だったら、次の女紹介してやるよ」

ビクッと大柄な身体を震わせて、おずおずと青褪めた顔を上げる。
――――拒否するなよ?

にやりと、多分今では性質の悪い笑みだろうけど、前から蒼一が好きだといっていた
「笑顔」を見せてやる。

友情は友情でしかなく、真正面から告白されていたら、とか奇麗事は言わないが
まだ違っていたと思う。
そういう意味では、大切だった。
だが、無理矢理「女」にされたというこの何とも言えない喪失感と疵は消えない
こいつは最も最低な事をしたのだ。

万が一かでも在ったかも知れない、差し出されたかもしれない俺からの手を、
こいつは自分から力の差を見せ付けて汚したのだ。
今あるのは憎しみだけ


どこまでも残酷になれる気がした。

微笑

アキラの理性が壊れるには時間は掛からなかった。
元々、快楽と痛みに弱い愚かなカラダをしていたのだ。
シキは只切っ掛けを与えただけでしかない。
鬱屈したトシマでの苛立ちと退屈さへの憂さ晴らしの様な、簡単な遊びの道具だったが、
ここまでアキラという人間が、自分の中に入り込む様な存在になるとは思わなかった。

呆気無く消されるだけの弱者の分際で、酷く気に障る強い眼を向けてきた
そのアンバランスさに、自分は気紛れを起こしたのだ。
其れ以上でも、其れ以下でも無い。

 

ふらふらと城の兵士共を誘う以外には、以前の面影が無い程に従順になったアキラだが
トシマを出て、自我を完全に無くすまでには
下らない抵抗を度々繰り返し、苛つかせた。

カラダは直ぐに支配されながら
アキラの傍で事切れていた人間が持っていたというタグを、放そうとはしなかった。
様々な陵辱を繰り返されても
まるでこれこそが自分を救ってくれるのだとばかりに、握り締めて縋りつく滑稽さに
最初はそのプライドの無い愚かな姿が可笑しく、蔑む様にそのままにしていたが
次第に酷く癇に障るようになった。

快楽に涙し喘ぎながら、無様に繋がられているこの場では無く
何を見出しているというのか
その先には何が要るのか...。

溺れつつも朦朧とした意識に支配されぬ様に、
何時もの様にそれに縋ろうとするアキラよりも先に鎖に手を掛けると、
貫かれつつも今までの熱を忘れたかの様にシキの手に爪を立て暴れ、抵抗をしだした。

苛つくままに加減等一切せずに殴り、力尽くで奪い躊躇いも一切無く投げ棄てたが
鎖の千切れる音と、何処かで落ちる音がしたのと同時に
ぱたりと抵抗していたアキラの手はベッドに落ち、呆然と口を明け目を開き
涙を流したままの表情で天井を見つめていた。


そしてアキラは完全に壊れた。
弱い者らしく呆気無く、たった一つの偶像が無くなっただけで。
............支配者たる俺だけのモノになった...筈だった。


珍しく誰も部屋に引き込まず、人を寄せず何かで遊んでいるという報告を聞き
深く思う事も無く寝室を開けると、ベッドから楽しげな声が聞こえる
壊れたアキラは作り物か本物か、時に酷く幼い行動や口調を出す。

それまでこの部屋はアキラの世界だったのだろうが、構わず靴音を響かせ
現れたシキに気付くと、羽織っているだけの乱れたシャツの姿に
適当にシーツを絡ませたまま起き上がり、何時もの様に駆け寄る事も無く
ニッと質(しつ)の悪い笑みを浮かべる

「おかえり...」
返事は返さないと分かっていながら、どこで覚えたのかいつの間にか自分に向けて
言い出した、
言葉遊びの様に毎度紡がれる気だるげなそれに、
視線だけを投げかけ様として、アキラの纏う雰囲気に違和感を感じる。

堕落し従順さを出しつつも
どこか近付かせない空気を作りながらシキを嘲笑っている、不快なもの。
「...なんだ」
怪訝そうに睨みつけるが、益々アキラの静かな笑い声は煩わしい程になっていく

「みつけたんだ...」
クスクスと表面的には笑ったまま、ゆっくりと唇が明く

ぴちゃっとわざと淫らな音をさせながら舌が此方に向けて出される。


赤い舌先とたっぷりの唾液が視える
しかし、その舌の上と歯に挟まれているモノは
鈍く銀色に光る、あの......。

「...っ」
思わず光に向けて刀を抜きかけ、しかし場所が場所だけに苛立ちつつも動きを止める
今にも斬り殺さんばかりのシキを見ながら。

ニヤリ、とアキラの唇の端が上がった。

王様

全ての王様
全ての支配者
ガタクタのお城の真っ赤なおめめの我儘坊や


「シキ……」
遠征から帰って来たシキを後ろから抱き締める。
余程手応えが無かったのか、燃え盛るでも無く、トロトロと燻る炎がまだシキの身体の中にある様。


折角の綺麗な顔なのに…。
憮然とした表情のまま、空を見つめる。

こっちなど、見向きもしない。


あぁ、でも
なんてキレイな紅い…

思わず、その二つの紅いモノに、ゆらりと手を、爪を刺し入れ様とすると、加減無しの力で振り払われた。

痩せ細って体力の無い自分等、ひとたまりも無く振り払われるままに、倒れる。


「………シキ…、御機嫌ナナメ…?」
理由なんて解っている。
言葉にされる事が、どんなに煩わしいのかも。

でも、シキがクダラナイ支配者遊びに出ている間、おとなしく待っていたのに。
酷い。

ちゃんと、オレは待っててあげてるのに。

ラインを使い、人形の様な兵士を増やし、領土を増やす。
敵う者等いない、解りきった戦。
媚び諂う愚者共。
血で繋がれた、空っぽの絆


反乱分子の討伐も、ほんの刺激的な遊びにしかならない。

業と生かして、このゲームを長引かせる。
大切なモノたち


既に退屈でしょうがなくなっているんだ。
シキも、
……………オレも。

「ねぇ、シキ…」
憮然としたままのシキに、絡み付く様に腕を回す

その怒りを、オレにぶつけてもいい
手酷く抱いても構わない
だから…だから。

アンタが壊したオレにまで、終わりを感じさせないで。

それなのに…。

「……。」

頭上から、溜息。
全てが飽和してしまった様な。

唇を噛む。
血の味がする。


アンタが…アンタが望み、全てを壊したくせに…!


抱き付いていたシキの身体を思い切り突き飛ばす。
オレにこんな力が残っていたのかと、驚く表情を見るとクツクツと嗤いが込み上げて来る。

「シキぃ…カワイソウだねぇ…」
項垂れ、視線だけ上げてシキを睨みながら、零れる嘲笑が止まらない。

「…なんだと?」

キツく睨む紅い眼
あぁ、何て綺麗
ゾクゾクする…。
だけど、これが曇り始めているなんて…!

「ふふふっ…、もう全部がシキのモノ」

そう、実行すれば
全て人間をライン浸けにしてしまえば、全てはシキのモノになる。

無駄な遠征
ゲームでしかない行為

言うが侭の人間
以上でも以下でも無い意思
…全ての終わり。

だから怖い
望んだのは自らのくせに、今更現実が見えている。
怖がって、怯えている愚かな支配者。

「もう逃げられない程、終わりが見えているのに気付いたんだろう!?何したらいいかどうしたらいいか解らなくて、怖くて、退屈でしょうがないんだ!」

見たくない。
そんなシキ何て見たくないんだ。

「あははははっ!ははっ、シキってかわいそうっ!かわいそうっ!かっ…」

狂った様に叫びながら嗤うオレの首に、シキの両手が潰さんとばかりに絡み付く。

「がっ…」
条件反射のまま力無く、口から唾液を垂らしながら、首に巻き付く指を掻き毟る

「…だまれ」
キツくオレを睨みながら、首を絞める指に力が入る

だけど…、その声の微かな震えを、戸惑いをオレは聞き逃せない。

聞き逃せないんだ…シキ。

ちゃんとオレは解っているんだ。
可哀相なシキ

だって……、オレは同じものを見て来たんだ。
ずっと傍で。
世界が崩れ始めて楽しくてしょうがなかった時も、虚しさを覚え始めた時も。
シキと同じものを。
ずっと

そんなオレを
唯一、ラインの血にも負けない、本当には言いなりにならないオレを殺せないって事。

あぁ、声にはならないだろうけど、可笑し過ぎて笑いが込み上げる。
胸がゾクゾクする…。

絶対、息が止まる前に指が離れる事を知っているから。

シキは…ひとりぼっちではいられないくらい弱いから。

可哀相な絶対的支配者。


オレは何時でも壊れたままで、シキを待っていてあげるのに…。

ぬくもり

きっと長い間一緒にいる俺らは、既に家族なのだろう。

ただ、俺が理解出来ないだけで。


トシマを脱出して、源泉と逃げる様に転々と居場所を変えながら、暮らし初めて、如何に自分の見ていた世界が小さかったのかと実感した。

これでは、ガキ扱いをされて当然だ。

トシマにいた時は、源泉の一々からかう態度に、激しく反発心が生まれたが、正しく源泉から見たら、俺は何も知らない赤子の様だったに違いない。

食事はソリドでも充分なのに、温かな物も、冷たい物もあって。

ソレを食べる事に、酷く戸惑う。

以前は自分の身体ひとつで、同じ人間を叩きのめして、金を貰ったりしていたけど、

外を見れば、そんな奴など此所にはいない。

CFCと日興連の衝突で、一番の被害者の、その土地に生きてきた者達は、争うよりも必死で助け合い生きている。

だから、たとえ源泉がいつもの無精髭で笑いながら、無骨な暖かな手でアキラの手を引いて、この場所に溶け込ませ様としても、ふとした瞬間、息の仕方を忘れてしまう位苦しいんだ。

この生温い空気に耐えられない。


だけど、源泉はこの空気に馴染んでいて。


俺だけが黒い疎外感という錘が何重にも纏わりつく様に、身体が重い。

これが、ボーダーラインか?

何処へでも行ける者と。
その場所でしか生きられない者の。

外の世界に飛び出してみれば、自分の無知や無力さを痛感するばかり。

思わず苦笑いをする。
源泉が俺の声に反応して振り向くが、あまりいい表情では無いだろうから、下を向いて無視をする。

監視されているのとは違う
胸をざわつかせる視線。

源泉の傍にいたい気持ちは嘘じゃない。

求められれば、返したい。
理解したい。

ただ……

止められない衝動のまま、源泉の手を振りほどき
ナイフを握り締めて、壊れた様に叫びながら生温さから逃げて、あの薄汚れた場所に帰りたくなるんだ。

あまりにも此所は幸せ過ぎて。

すきなのは純白

「不二君、僕は貴方に会えてとても幸せだと思いますよ」


「どうしたの観月、急に」

「だからね不二君」


「いつまでも僕の顔色を伺うような、鬱陶しいおどおどした瞳で見るのはおやめなさい」

 

あの試合でプライドを木っ端微塵に叩きのめされたのは僕なのに
一番傷ついて後悔しているのが貴方だなんて

ばかばかしい過ぎて吐き気がしてくる。

 

こんなにもきみとは一緒にいるのに。
きみはいつまでも
目の前にいる僕ではなく、あの夏の崩れ落ちて俯いている僕を見ている

ああ、なんて鬱陶しい。

 

 


すきなのは純白、だからきみがすき
すきなのは挫折、だからきみをすき

きみに恋してる

命拾いしたね、観月
にこりと笑った

 

●きみに恋してる

 

休日の予定を聞いたら他校に行ってデータ収集だというから、無理矢理僕もついてきた。
だってそうでもしないと平気で何日も会えないのだもの。
観月は薄情だ

テニスをしていない僕など何の価値はないと、会う必要は無いと言わんばかりに。


今だって横にいる僕の事はずっと無視で、目の前のコートに立つ選手たちを
食い入るように見つめている。
そう、まっすぐ
時折微笑を浮かべて。


あぁ、一緒にいるのは嬉しいのになんてつまらないんだろう
折角観月といるのに、真っ暗闇にひとりぼっちになったみたいで
むかむかしてくる


視線は合わない
僕は観月を見つめているのに


いっそうの事
片手で掴めるような真っ白で細い、その

首の骨を折って
こちらに向かせてしまいたい


そう思ったらドキドキしてきて、楽しくてしょうがなくなった。
ゆっくりと右手を観月の首の裏側に近づけ...

 

「何ですか、不二くん?」


こちらをずっと見てよく飽きませんね、なんて。
訝しげな表情だけれど、でも。


こっちを向いてくれたから
よかった、ちょっと残念な気持ちがあるのが怖いけれど観月の瞳に僕が映ってる
なんだか一気に満足しちゃった。


観月もよかったね

 

「ねぇ観月。気がすんだら美味しい紅茶でも飲みに行こうよ」

無邪気さでとどめをさす

ゆうしにはおしえてやるよ

内緒だからな?

 

 

最近やったドラマの話だったか何だったか、流れは良く思い出せない。
よく喋る岳人の話題はどんどん変わっていくから。
こちらは声を聞きながら相槌を打ってやる

そう、もしかしたら岳人の友人の誰かに
彼氏が出来たとかそういう話だったかもしれない
くだらない悪戯が成功したとかの話だったかもしれない

教室に差し込む夕日が綺麗で、中々お互い帰ろうといえずいつまでも
窓の外をチラチラと見ながら喋っていた。

 


ふと、沈黙が落ち
岳人と夕日の両方にあった意識を、前の席に座る岳人だけに合わせると
うつむいて考え込むように眉を寄せていた

 

「どないしたん?」

「......」

 

いつも騒々しいくらいに喋る岳人が静かになると、途端に寂しい空気が
周りに漂う
それに沈黙は自分の心臓に悪い
胸にある想いの鼓動が聞こえてしまいそうだから。

 


そろそろ飽きてきたんやろか?、なら帰るかと言おうとすると
がばっと力強く岳人が顔を上げた。

 

「侑士に、侑士に教えてやるよ!」
「...なん?」
「つーか、聞いて...ほしい」

 


最近、ふとした時に考え込むような我慢をするような表情をする岳人だったから
何か悩みがあるのかとは思っていたけれど。
ついにひとりで抱え込めなくなったのか、テニスの悩みなのか他の悩みなのか
「親友」としては、話してくれるのを待っていた。

 

「しゃーない、聞いたるわ」

 

あまりにも必死に見つめてくるのが可笑しくて可愛らしくて、夕日に染められて
鮮やかな色になった髪をくしゃっと撫でると、
やめろよ!と手を振り回しながら避ける

焦ったような、でも安心したような困ったような歪な笑顔から言葉が出た

 

 

「オレ......のことが好きなんだ」

 


一瞬刃物で胸を刺されたのかと思った
あまりの激痛が走り、恐る恐る自分の胸元を見たが、もちろん目に見える
傷跡などあるはずも無く。

 


相手にされないってわかってるけどさ!!と泣きそうになりながらも笑顔で
喚く声が遠くで聞こえる。
けれど、本当に悩んで、誰かに知ってほしかったのだろう。
自分の中に生まれた恋心を。
きっとはじめての。
どこかすっきりとした表情は生き生きとしている

 


「侑士、急にごめんな。でもずっと悩んでてもやもやしててさ...」
「......ああ」

 

誰かに聞いてほしかったんだと
頬を紅く染めて、少し困ったように笑う岳人に。

 

「なんやもう、乙女やなぁ。がっくんも」

 

うっせーよ侑士!と照れ隠しから、ばたばたと騒ぎ出す
応援したるわとこっちも笑ってやるけれど。

 

 

他の男を好きだというこの子を

無性に殺してしまいたいと思った