微笑

アキラの理性が壊れるには時間は掛からなかった。
元々、快楽と痛みに弱い愚かなカラダをしていたのだ。
シキは只切っ掛けを与えただけでしかない。
鬱屈したトシマでの苛立ちと退屈さへの憂さ晴らしの様な、簡単な遊びの道具だったが、
ここまでアキラという人間が、自分の中に入り込む様な存在になるとは思わなかった。

呆気無く消されるだけの弱者の分際で、酷く気に障る強い眼を向けてきた
そのアンバランスさに、自分は気紛れを起こしたのだ。
其れ以上でも、其れ以下でも無い。

 

ふらふらと城の兵士共を誘う以外には、以前の面影が無い程に従順になったアキラだが
トシマを出て、自我を完全に無くすまでには
下らない抵抗を度々繰り返し、苛つかせた。

カラダは直ぐに支配されながら
アキラの傍で事切れていた人間が持っていたというタグを、放そうとはしなかった。
様々な陵辱を繰り返されても
まるでこれこそが自分を救ってくれるのだとばかりに、握り締めて縋りつく滑稽さに
最初はそのプライドの無い愚かな姿が可笑しく、蔑む様にそのままにしていたが
次第に酷く癇に障るようになった。

快楽に涙し喘ぎながら、無様に繋がられているこの場では無く
何を見出しているというのか
その先には何が要るのか...。

溺れつつも朦朧とした意識に支配されぬ様に、
何時もの様にそれに縋ろうとするアキラよりも先に鎖に手を掛けると、
貫かれつつも今までの熱を忘れたかの様にシキの手に爪を立て暴れ、抵抗をしだした。

苛つくままに加減等一切せずに殴り、力尽くで奪い躊躇いも一切無く投げ棄てたが
鎖の千切れる音と、何処かで落ちる音がしたのと同時に
ぱたりと抵抗していたアキラの手はベッドに落ち、呆然と口を明け目を開き
涙を流したままの表情で天井を見つめていた。


そしてアキラは完全に壊れた。
弱い者らしく呆気無く、たった一つの偶像が無くなっただけで。
............支配者たる俺だけのモノになった...筈だった。


珍しく誰も部屋に引き込まず、人を寄せず何かで遊んでいるという報告を聞き
深く思う事も無く寝室を開けると、ベッドから楽しげな声が聞こえる
壊れたアキラは作り物か本物か、時に酷く幼い行動や口調を出す。

それまでこの部屋はアキラの世界だったのだろうが、構わず靴音を響かせ
現れたシキに気付くと、羽織っているだけの乱れたシャツの姿に
適当にシーツを絡ませたまま起き上がり、何時もの様に駆け寄る事も無く
ニッと質(しつ)の悪い笑みを浮かべる

「おかえり...」
返事は返さないと分かっていながら、どこで覚えたのかいつの間にか自分に向けて
言い出した、
言葉遊びの様に毎度紡がれる気だるげなそれに、
視線だけを投げかけ様として、アキラの纏う雰囲気に違和感を感じる。

堕落し従順さを出しつつも
どこか近付かせない空気を作りながらシキを嘲笑っている、不快なもの。
「...なんだ」
怪訝そうに睨みつけるが、益々アキラの静かな笑い声は煩わしい程になっていく

「みつけたんだ...」
クスクスと表面的には笑ったまま、ゆっくりと唇が明く

ぴちゃっとわざと淫らな音をさせながら舌が此方に向けて出される。


赤い舌先とたっぷりの唾液が視える
しかし、その舌の上と歯に挟まれているモノは
鈍く銀色に光る、あの......。

「...っ」
思わず光に向けて刀を抜きかけ、しかし場所が場所だけに苛立ちつつも動きを止める
今にも斬り殺さんばかりのシキを見ながら。

ニヤリ、とアキラの唇の端が上がった。