きっとこれは人生で最低な一日
あたたかいものは、常にあった。
誰も来ない授業参観日に、あのひとが来てくれた時。
津美紀とあのひとと3人で食卓を囲んだ時。
季節の変わり目に風邪をひいたときに、焦るあの人の声と落ち着いた津美紀の声。
中学の制服が見たいと試着に付き合ってくれた時。
新しい式神を調伏できた時に頭をなでてくれた大きな掌。
3人で行った夏祭りの音。
桜、雨、飛行機雲、一面の雪。
なんて罰当たりなのだろう。
五条さんに、こんな気持ちを抱くだなんて。
きっとこれは人生で最低な一日
「うーん、恵に五条先生って言われるとなんか違和感~。」
ソファにだらしなく体を預ける五条先生の言葉を耳に入れつつ、俺は手にした本の
ページをめくる。
ストーリーなんて入ってこない。
横にいる存在が気になって仕方がない。
「でも、先生じゃないですか。」
ぱらりと紙の音が響く。
「そうだけど、急によそよそしい感じ。」
この人は聡い。
五条さんが好きだ。
すとんとこころに芽生えた時、それと同時にあまりの恐ろしさに吐いた。
何でもいい、隠さなくてはいけないものだと思った。
恨んだりもした。
こんな俺にあたたかさを、優しさをくれるのがいけないのだと。
分かっている。逆恨みでしかないことも。
しかし、自分ではどうすることもできずに日に日に鬱屈はたまっていった。
そうして、もがき苦しんだ後、俺は「五条さん」を封印した。
新しく「五条先生」を作った。
「五条先生、任務は?」
「五条さんにいじわるをする子とのスキンシップの方が大事でーす。」
伊地知さん、また苦労しているな...とため息をつく。
「別に、いじわるなんてしていません。」
本をぱたりと閉じて、五条先生を見た。
「やーっと、恵がこっち向いた!」
ピシッと両手の人差し指をこちらに向けて水晶のような瞳で笑う。
「恵が本に夢中になってるから、五条さん拗ねちゃってたよ~。」
「はあ、それはすいませんでした。」
本なんて読んでなかったけれど。
ただめくられていた本に悪いと思い、労わるように表紙をなでる。
「恵はさ、頭がいいから色々小難しいこと考えちゃうんだろうけれど、大丈夫だよ。」
「俺が今考えてることわかるんですか?」
「全然!わかんない。」
だけど。
「それでいいよ。」
左頬があたたかく大きな五条先生の掌に包まれた。
「恵。大きくなったね。」
優しいまなざし。
やめてくれ。
勘違いをしてしまう。
あなたにとって、俺は特別なのだとあり得ないことを考えてしまう。
だから目を合わせたくなかった。
見たくなかった。
あなたを見てしまえば。
好きだ、という気持ちが抑えられない。
一度口を開き、声にもならないものを吐き出した後、改めて五条先生を見た。
「今日はあんたにとって、人生最悪の一日だと思いますよ。」